税理士やめて なにしよう

愛車のZ900RSとバイク三昧のセカンドライフを目指して

「自分自分」にちょっと辟易

time 2018/01/11

今日一日で結構積もりました。

 

職場の飲み会に誘われて、「それって義務じゃないですよね?」という人。

確かに義務じゃないし、出たくなければ出なくてもいいけど、そんないい方しなくたっていいんじゃない?って思うのは私だけでしょうか。

自己主張は大事だけれど、相手がある場合はもう少し気を使ってもね、と思います。

 

「やりたくないことを捨てる」とか、「好きなことだけで生きていく」とか流行っているようですが、生きていく以上社会との関わりを断つことはできないのだから、多少の気遣いは必要でしょう。

周りに合わせる必要はなくても、最低限の礼儀と常識は持っていたいものです。

「やりたくないことを捨てる」というのは、嫌だと思うことはやらなくてもよい、ということとは違います。

「好きなことだけで生きていく」というのも、自分勝手に振る舞っても構わないということではないはずです。

自分がなくて、常に周りに合わせたり流されている人が、自分の考えや意見を前面に出していくという意味で「自分中心で物事を考える」のは、とてもよいことだと思います。

でも、どちらかというと、すでに自分が前に出すぎている人に限って

「これからは自分中心でなんでも考えようと思う」という恐ろしいことをのたまうように感じます。

一歩引くってシラナイノカナ?

 

自分中心もいいけれど、まず相手を思いやるところから始めた方が、すべてにおいて上手くいくんじゃないかと思うのです。

あまりにも「自分軸」とか「自己マネジメント」とか、「自分自分」の軽い言葉が氾濫していて、少し不愉快です。

社会の中の自分、地域の中の自分、職場の中の自分、家庭の中の自分。

自分と他との関わりや、自分の役割をもっとちゃんと考えるべきじゃないのかな。

権利ばっかり主張しないで、果たすべき義務、ちゃんと果たしてますか?

静岡生活